2016年11月26日

【第13回CO2】助成監督インタビュー(1)『おっさんのケーフェイ』谷口恒平監督/嘘が現実を飛び越える瞬間を追い続ける!

main3フェイク・ドキュメンタリーに惹かれ続けて来た谷口監督が、
ダメダメ中年男と子供たちが仕掛ける因縁の覆面レスラー対決の物語に託したものとは?

 

 

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――映画を面白いと思ったきっかけは何歳位の頃ですか?

谷口:本当に遡ったら子供の頃『ドラえもん』とか『ゴジラ』を観に行ったんですけど、最初に今につながるような映画体験をしたのは、14歳…中2くらいですかね。
テレビの洋画劇場でやっていた『ファイトクラブ』です。山寺宏一さんの吹き替えで観たんですけど、それにやられまして。

――どういったところに惹かれたんでしょうか。

谷口:今の野蛮なものを排除して綺麗事で成り立っている社会みたいなものを全部暴いていくといった内容にショックを受けて。当時中学校でヤンキーの幅をきかせているような奴らがいたんですね。僕は彼らに虐げられる側の存在だったんですけど(笑)
『ファイトクラブ』を見たその翌日に、クラスのみんながいる前で人生の中で初めて人を殴って喧嘩になりました。何時もは泣き寝入りしていたのに。すぐやり返されてボコボコにされたんですけど、やり返したって事だけでその時はブラピになったつもりで(笑)
人生観に影響を与えた映画だと思います。自分の中で一歩踏み出せたというか。大げさですけど世界の見え方が変わった体験をしました。

――その体験から、実際映画を撮るに至ったのはどういう流れがあったんですか?

その後『時計仕掛けのオレンジ』や三池崇史監督や黒沢清監督のVシネマ時代の作品を観るようになったが、高校生になってからは映画から離れた生活を送ったという。そんな谷口監督が映画に戻ったのは文化祭がきっかけだった。

谷口:クラスで映画を撮ることになって。男子チアリーダーが活躍するコミカルなものだったんですけど、脚本は自分が書いて、クラスの人気者たちから出て来たアイディアの生かす部分を判断して取りまとめて。みんなを盛り上げて撮影して、家でパソコンで編集して上映したらすごく受けてそれが快感で。その快感が忘れられずに立命館大学の映像学部に入学しました。

――今まで好きで映画を観ていてそれを実際に撮ってみて、想像と違っていたことはありましたか?

谷口:高校生の時は遊びなんで、“映画みたい”になっているのが嬉しかったですね。カットが変わって全然違う場所で撮っているのに繋がった印象に見えるとか。そういうことで喜んでいました。

――大学に入ってからは何本ぐらい撮られましたか?

谷口:中編作品を6本撮りまして、その多くはフェイク・ドキュメンタリーです。自分がカメラを持って、いかにもその場所で起こったことを記録しているって体なんですけど脚本があるものです。

img_8533――何故フェイク・ドキュメンタリーの手法で撮ろうと思ったんでしょうか。

2007年、高校3年の谷口監督は、『笑っていいとも』の映像をコラージュした作品の評判を聞いてミニシアター・プラネットプラスワンに出かけた。その作品は『ワラッテイイトモ、』(KK監督)で、しまだゆきやす氏主催の『第一回ガンダーラ映画祭』だったという。そこでは松江哲明監督、村上賢司監督、山下敦弘監督たちが自主的に作った短編ドキュメンタリー映画が上映されていた。

谷口:今まで映画というものはもっとちゃんとしたものと思っていたんですけど(笑)。見た目はホームビデオみたいなのに、でも感動的な瞬間があったり。ミニシアターに来る事自体が初めてで、急な階段を登って怪しい雰囲気のギュッとなった空間で、今まで観たことがない種類の映画を観るという体験が衝撃的で。プラネットは普段主にクラシック映画の良作をやってるんですけど、それには足を運ばずに、白石晃士監督や真利子哲也監督の作品なんかを集中的に観ましたね。自分がやるとなった時に自分が出来そうな表現としてフェイク・ドキュメンタリーを選んだと思います。

――今まで6本映画を撮っているという事ですが、何故映画を撮り続けていますか?

谷口:フェイク・ドキュメンタリー、劇映画に関わらず、「用意、スタート」でカメラが回っている間は本当に起きた事のように、みんなでその嘘を作り上げることが楽しい。小学校の頃からごっこ遊びが好きで、設定をみんなで考えて休み時間の間中やり続けたり。その延長だと思います。中学年、高学年になってくるとみんなドッヂボールやキックベースに流れて仲間が減っていって。今も一人でごっこ遊びをしている感じですね(笑)

――ご自分の作品以外でも商業映画に助監督で参加したり、様々な経験で意識が変わってきた事はありますか。

谷口:変わったとは思いますね。今までフェイク・ドキュメンタリーで自分でカメラを持って編集もやって、自分の思いをダイレクトに映画にしてやるぞみたいな感じでやってたんですけど。
助監督で付いたのがピンク系の出身の金田敬監督とか井筒組の演出部出身の吉田康弘監督で、ジャンルものの王道作品を娯楽として成立させることで表現をする姿を見ました。
決まった予算で様々な制約がある中で仕事されていて、例えば連続ものの深夜ドラマの現場では脚本家と内容についてのやり取りを撮影のギリギリまで行ったり、ロケ地に合わせて脚本を置き換えようとかみんなで徹夜で作り上げていくような。自分の思いというより、どうやったら面白くなるか、お客さんに楽しんで貰えるか、という事に時間をかける人たちに付いて来たので、それは凄く影響を受けたと思います。

img_8478――その経験はCO2でも活かせそうですね。

谷口:そうですね。CO2は落ち続けて来たので。

――丁度CO2に応募したきっかけをお聞きしようと思ったんですが、今回は何度目の応募でしたか?

谷口:4回目だと思います。2回目までは全くかすりもせずで。3回目で『バカドロン』(第11回CO2/黒田将史監督)の年に最終選考に残って、『オリーブハウスVSセカイ』のプレゼンをしました。CO2の面接と言えば全否定されてどう答えるかだと思っていたら、選考委員の皆さんが前向きな意見を言ってくださったので、通ったのかなと思っていたら、落ちたました(笑)
その時の選考委員の皆さんから頂いた意見を活かして自主制作で撮って、まだVFXが残っていて完成はしてないんですけど、ぜひ観て欲しいということでCO2に再度応募しました。
今年が最後と聞いたので。正直金銭的にもこのタイミングもう一本長編を撮るのはかなり自分的には厳しい状況なんですけど、だからと言って無視出来なかったというか。慌てて企画書とエントリーシートを作って応募したって感じですね。

――今まで落ちてきたのに、今回は何処が評価されたと思いましたか?

谷口:分からないですね(笑)。プレゼンの手応えもなくて。質問によって触発されて喋ったりで、自分の中では消化しきれてないままで。

これまで他のCO2助成作品にスタッフで参加してきたという谷口監督。『Dressig UP』(第8回CO2/安川有果監督)では美術助手として参加した。

img_8475――実際のCO2も体験していらっしゃるんですけど、CO2に期待することはありますか?

谷口:今までは1人で脚本を書いて来て、自主映画だと他者からの要請はない中でやるので、自由であるけど逆に芯を決め切れないまま進んで行ったりすることがあります。
そもそも今回大阪で撮るって決まりがなければ考えなかった話だし、多少理不尽なことがあっても要請があることがいい体験になると思います。シノシプスなんかも意見を貰うことで自分で咀嚼して考える。そのラリーを繰り返すことが、自分が仕事の現場で見てきた監督たちがやっている事だったので。自主映画に近い体制ではあるんですが、実質それは自主映画ではなくて、“要請の元に撮る映画”だという意識を持ってやろうと思っています。

――今回の仮タイトルが『おっさんのケーフェイ』で、ケーフェイという言葉を初めて聞いたんですが、どういう意味ですか?

谷口:僕実はプロレスが凄く好きで詳しい、という訳ではないんです(笑)。この言葉はプロレスファンの方にとってはセンシティブな言葉で怒られるかもしれないですが。演出であったり、こういう体でやろうぜって言う合言葉みたいなものです。プロレスラーたちの隠語で、諸説あるんですけど“Be fake”をひっくり返してケーフェイというふうに言われているようです。
自分が映画に求めるものは、フェイク・ドキュメンタリーを撮っている事にもつながるんですけど、プロレスのようにフィクションを本気のぶつかり合いとして見せるという。プロレスラーたちの感情というか、その部分は自分にも通じるものがあるかなって。

すでに商業作品の経験もある谷口監督。DVDのパッケージでジャンルは心霊ビデオ系。自分が撮った映像に写りこんだ幽霊を本当にいるという体で扱うため、SNSなどでも撮影について公言してはいけないというお約束があるという。その時の経験を元に企画を作ろうとしたがマニアックな狭い映画になるため断念した。

谷口:広い意味で捉えた嘘を本当に見せないといけない。滑稽さとか楽しさを描けるものと考えて、プロレスというものに置き換ようと題材に選びました。

img_8519――今回の作品のテーマを一言で紹介してください。

谷口:「嘘かホントか分からないから面白い」
白黒はっきりつけるんじゃなくて、グレーな所にいる人たちの存在を楽しむという感覚ですね。

――CO2の枠組みで作品に取り組むに当たって、自分に課していることはありますか?

谷口:僕は関西出身なんですが、京都なので大阪に馴染みがある訳ではないんです。大阪の風景というものをどう捉えるかが課題で、大阪に強い立ち回りをしてくれる制作部の方がいればいいですね。
あとは王道のコメディを撮ろうと思っているので、色々な人の意見を取り入れた方がいいなと思うんですね。そういう意味では今回脚本家も別に入ってますし、脚本指導で笑いの感覚が独りよがりにならないようにアドバイスを頂けたらと思います。

――脚本家はどういう方ですか?

谷口:学生時代から映画を作っている仲間で、働きながら脚本家を目指している女性です。たまに入賞したりするんですけど、映像にはならない所でやっています。自分は脚本の弱さを補うために人の力を借りたいのと、彼女自身も形に残るものに関わりたいということで、今回一致しました。

――出来上がった作品の展開はどの様に考えられていますか?

谷口:僕も脚本の橋本やスタッフたちも次に行ける様になれれば。ずっと自主映画でくすぶって来た仲間たちなんで、初めてCO2という場で映画を撮れという要請を貰って撮るのでみんな凄い盛り上がっています。
海外で賞を撮るみたいな展開はあまり想定してないというか。東京だけではなく、日本各地にこの映画を持っていきたいですね。そういう普遍的な作品にして次につなげたいと思っています!


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