2013年1月5日

単発ワークショップ・「照明講座」講師:岸田和也


今回の照明講座では『サイコ』(アルフレッド・ヒッチコック監督)を題材に、映画における照明の役割を学びました。「観客が見ているもの」や「視線の誘導」など、映画を観る上でも制作していく上でも必要になってくる照明解説をしてくださいました。

【観客が見ているものとは】
『サイコ』にはマリオンが車を運転しているシーンが幾度か登場します。
モーテルまでの道中で夜になっていくため、だんだん外は暗くなっていきますがそのわりにマリオンの顔は明るく映しだされています。
しかしここでは、逃亡し追い詰められているマリオンというサスペンス要素・内容に意識がいき、その明るさが気になった人は少ないのではないでしょうか。
観客がこのとき見たいのは、マリオンの表情であり、必ずしもリアルを追求する事が全てではないということです。

【太陽光について】
おそらくロケであろう中古車屋のシーンでは、マリオンの顔に太陽光を当てないよう工夫されています。それは何故か。太陽光は役者の表情を固くしたり、角度によっては汚く映ってしまうからです。

【効果的な光を作るために】
のぞき穴からマリオンを見ているノーマンのカット、ノーマンの目にマリオンの部屋からの明りが強く当たっています。ただ穴の開いた壁の向こうに光があるだけではこうはならず、二重にした壁ののぞき穴とは別の箇所に穴を開けそこから光を入れ照明を当てあのようなカットを作っています。その証拠に、ノーマンが穴を隠す額をかけるカットでは漏れ出ている光は僅かなものです。

【擬似夜景について】
ノーマンがマリオンの車を沼に沈めにいく場面、モーテルから沼までナイトシーンですがよく見ればそれが日中に撮影したナイトシーンであることが分かります。
この時代はまだ機材の事情で広い範囲へ照明を当てることが難しかったため、よく行われていた手法です。
本来この手法を使う場合、白い車ではその手法がバレやすいため使用しないのですがここでは白い車が使われています。
それは、黒い沼に沈んでいく白い車というコントラストの効果を優先したためだと思われます。
ここでも、先程出たような目的を明確にしたため切り捨てられた部分があること、そしてそれが決して問題でないことが分かります。

【視線の誘導】
映画を観ている上でカメラワークに着目している人は多いと思いますが、その画面上にある何処へ観客の視線がいくよう作るかは照明が大きく影響します。
マリオンがモーテルにチェックインする場面、宿帳に寄ると過去の客達の名前部分には大きく影を作っています。引き画との繋がりを考えれば不自然なほどではありますが、ここではマリオンが宿帳に偽名を書いたということがポイントであり見せるべきものであるため観客の視線をそこに誘導したのです。

【感情の誘導】
照明で誘導できるのは視線だけでなく、観客の感情もそのひとつです。
アーボガストがノーマンのモーテルにやってくるシーン。この頃、観客の感情はノーマンを母親に縛り付けられているかわいそうな青年として同情の気持ちで見ています。
そこへノーマンの掘り出してほしくないことを突きにやってくるアーボガスト。ここで照明が、ノーマンはフラットな当て方であるのにアーボガストだけ片面に固い当て方をしてアーボガストを嫌なやつに見せることでノーマンへの観客の同情は更に募り、 後のどんでん返しへと効果を発揮するのです。

【画面上 の光をすべてコントロールするために】
照明の役割として撮影に適正または求める明るさにするといったごく基本的なことがありますが、時間・季節・感情(人物の感情、力関係、観客の気持ちの誘導)も照明ができることが上記にある解説からも分かると思います。
夜にも色んな夜がある。例えば窓の向こうの灯りが消えていれば深夜帯を表現できる。照明で説明できることがあるのです。
それを可能に、また何が必要なことであるのかを理解するためには、まずリアルを知ること。そのためには日常を観察することがとても大事になります。


【岸田氏より:今後映画制作をする方へ向けて】
監督に必要なのは、一つ一つの画にどれだけ修飾語を付けられるかどうか。具体的に言葉にしなければ技術者には伝わらない。

「道具があるからこうする」ではなく、「こんな画を作りたい」からスタートする。
それには100人いれば100通りの正解があるし、そのとき正解だと思っていたものが後で間違いと気付くこともある。
でも、それも正解。考えたことが大事。

今回の講座内容をぎゅっと凝縮してお届けしましたが、この他にも実際に照明機材を使い、人物ライティングについても解説していただきました。
聞いたことはある、何となくは知っているといったベースライトやキーライト、キャッチライトといったものも、実際に作っているところを見ると理解が深まるものです。基礎的なことから応用編まで照明について学べる3時間だったのではないでしょうか。


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