2012年11月1日

特別ワークショップ・不屈の挑戦者シリーズ(1)深田晃司監督


「インディペンデント映画の現実的な可能性と未来のネットワーク作りについて」
CO2特別ワークショップでは、現状の1歩先へ挑戦を続ける方をゲストにインディペンデント映画界の「現実」と「未来」考えて行きます。
第1回目のゲストは監督の深田晃司氏。 演劇を中心に文化行政にも力を入れる演出家平田オリザ氏の「青年団」に参加し、「東京人間喜劇」「歓待」などインディペンデント映画の制作をおこなう一方、「独立映画鍋」を立ち上げ、今後のインディペンデント映画の予算確保と上映ネットワーク作りに奔走する深田氏にお話を伺いました。(司会:富岡CO2事務局長)

<次に進むために青年団へ>

父親が映画マニアでレーザーディスクやVHSに落としたものが約1000本あるような環境に育ったという深田監督。映画美学校に入学後、20歳頃に制作した長編映画『椅子』が第1回CO2の選考に残る。演劇に興味は無く、むしろ敬遠していたが、『椅子』の主演女優が所属する青年団の公演を観たことで、演劇のイメージを覆すような過剰さが一切無い普通の会話のような演技に驚いた。次に同じくインディペンデントで映画『Home Sweet Home』を制作するが、上辺だけ青年団っぽい映画をめざしても生身の俳優を前にすると上手く演出できず、いい演出が何なのかも分からなかったという。青年団が演出部を募集していたのを機に、秘密を探るため25歳で入団。

「今までのインディペンデント映画のやり方と違う方法でやらないと、次に進めないって危機感に背中を押されたんです」

 

<青年団のシステムについて>

主宰である平田オリザ氏の劇の「演出」は戯曲から始まっているという深田監督。「誰も簡単には本音はしゃべらないけど、戯曲の構成や人物の関係性を丁寧に推移させることで、それだけで「ああこの人は多分悲しいんだな」とか「この人が好きなんだな」とかお客さんには想像できるようにできているんです。駄目な脚本はそこを俳優が演技で埋め合わせないといけないから、説明的な演技になってしまうのです」深田監督が入った演出部は青年団の俳優を使って企画を立てる部署のこと。平田オリザ氏は、教育のためと、組織のカルト化を避けるために演出部を置くという独特の運営方法を取っている。企画を申請して通れば助成金が下りて演劇を作れるようになる。また、青年団では、新人のためのワークショップやアートマネージメント、著作権についての教育も行われている。

「演出部も俳優部と一緒に創作し、演出側も演じるし俳優も作る側に回り、物語を作るとはどういうことかを学ぶところからスタートするんです」

 

 

『東京人間喜劇』の構成について

深田:僕もそうなんですが、映画おたくから監督になった人にありがちなのがコミュニケーション能力が低いということ。富岡:それは感じるね。自分だけが分かっている自分だけの世界で、人に説明できない。

 

深田:監督は俳優ときちんとコミュニケーションを取りながら演出をしなければならない。でも僕には全くそのやり方が分からなかったから、青年団で俳優と一緒に創作をできたのは凄くいい経験になりましたね。これはワークショップで富岡さんがやろうとしていることと重なるかもしれません。

 

富岡:それで作ったのが『東京人間喜劇』なんですね。

 

深田:青年団の俳優に声を掛けて作りました。フランスの作家・バルザックが自分の100篇近い小説のことを“人間喜劇”と称していることからつけました。『東京人間喜劇』の3つのパートはそれぞれ独立していますが、人物が行き来することで重層的に見せるという発想です。綿密に伏線や人間関係が複雑に絡み合ってひとつの大きな流れを作っていくような群像劇とは違うものを目指したかった。伏線を貼ってそれを回収していく作業は脚本家にとっては気持ちいいんですよ。でもそれはときに脚本家の手のひらの中で完結しているような箱庭的に閉じた世界を作り出してしまいます。その罠に落ちないよう注意を注ぎました。

 

 

演技とは何かという共通メソッドが希薄な日本

富岡:最近の商業映画でよく見られるのが、映画だけではなかなか食べていけないから、CMタレントが俳優をすることが多いですね。監督は演技をさせずに映像で誤魔化そうとする。それでは面白くないものが出来るのが当然ですよね。深田:日本の特殊事情ですね。テレビで知名度のある顔が出ていないとお客さんが入りにくい。アメリカでは、最近はTVドラマが力を持って来ましたけど、映画俳優は基本的あまりにCMに出ないと聞きます。これは文化の違いですけど、アメリカの俳優教育は、様々な民族が暮らす国だけあって分かり合えないことを大前提としてメソッドを取り入れているのではないか。共通言語を明確にして、そこを基点として演出する訳です。

日本の場合、かつては俳優もスタッフも東宝・松竹・東映といった大会社の社員であったのが、その後撮影所システムが崩壊してみんな在野に散っていった。80年代には演劇界で小劇場ブームが起こり、それぞれの劇団やプロダクションでさまざまな演技スタイルを確立させてきた。劇団ならそれでいいけど、映画は基本的に俳優をいろいろなところから集めるので、いざ撮影に入ると、皆バラバラな演技をする。それで結局監督は俳優を信頼できず余計な演技をさせないことにばかり終始する、なんてことが起こりがちなんです。

 

富岡:監督たちが自分がいいと思うものをビジュアルとして並べる、観客は面白くない、そんなことが起こってしまう。そんな中で深田さんはある種の理想的なスタジオシステムに近い、青年団の信頼できる俳優たちと作品をつくるというやり方ですね。

 

深田:私は今現在、やっとスタート地点に立ってる感じです。これは自己批判ですけど、そんなに豊かな環境で作れている訳ではないんです。『歓待』は撮影8日間で、新作は10日間。俳優に大変な負担を押し付けていて、コミュニケーションを取りながら作る時間は満足には取れていません。そこが課題ですね。

 

 

独立映画鍋について

深田:ロメールは『木と市長と文化会館/または七つの偶然』では、少ないギャラで俳優に出てもらって、収益からパーセンテージを決めて分配したそうです。俳優は演技によって出資していると考えるわけです。それも1つの戦い方です。インディペンデント映画で起こりがちな不幸は、俳優やスタッフが善意で少ない報酬で映画に参加し、運よくその作品が映画祭で賞を取って劇場公開されても俳優やスタッフには全く見返りが無いことです。もちろん監督は作品の評価のリスクは負いますが、一方で名誉は総取りなところがある。新作の『ほとりの朔子』は商業映画ですが、予算集めはやはり苦労しました。俳優を使い捨てにしないためにも、プロデューサーと相談し、先人に習って一部においてロメールと同じ方法を取りました。一方で、日本だと監督以上にプロデューサーはリスクばかり大きくて見返りの少ない大変な職業であることも問題ですね。 

富岡:インディペンデント映画を撮る人には、次撮れたらいいって人も多いですよね。賞を取っても次がなかなか撮れないのが現状で、作りたい側がどうアクションしていくのか。アジアン映画祭で来る韓国や中国の監督たちともそのネットワークを作っていけないだろうかと考えている時に、深田さんの独立映画鍋を立ち上げたのを知ったんです。

 

深田:大前提として、映画監督が映画を作ることだけを考えていればいい幸福な時代は終わったというところからスタートしなければいけないと思います。撮影所もないし観客も減っている。もはや観客にも望まれてないかも、という状況の中で、どうやって映画を作って見せていけばいいのか考えようと、映画作家の土屋豊さんたちと独立映画鍋を立ち上げたんです。

 

富岡:英語ではインディペンデント・シネマ・ギルドですよね。

 

深田:つまり互助会ですね。それぞれ作りたいものも違う作家だけど、独立しながら連帯できないかと。これは特別なことではなくて欧米では普通に行われています。
独立映画鍋公式サイト http://eiganabe.net

インディペンデント映画の未来を考える

深田:日本の文化庁の映画のための予算は約20億円なんですが、フランスは約800億円。映画庁があって、元々フランスは文化を大事にする国ということもあるんですけど、この予算がすべて文化予算で賄われているのではなく、チケット税を導入しているんです。チケット代の20%に税金をかけ、映画のためだけに使える予算にするんです。これは例えですが、リュック・ベッソンの映画が大ヒットするとゴダールが映画を撮れる(笑)。300万人が支持する映画、3千人が支持する映画、両方が共存できることが豊かな文化状況だという思想の元で、多様性の維持に努める訳です。多様な映画を支えるための一枚岩のシステムなんて存在しないので、制度と制度をパッチワークして支えていくしかない。そのひとつに寄付があると思うんです。文化に対する寄付の習慣が日本にはないことと、映画は産業か文化かというせめぎ合いがあるので簡単ではないと思いますが。80年代に演劇の小劇場ブームがあったけど、結局一握りの人を除いて俳優も演出家も食えなかった。今のミニシアターブームもそれに近いと思うんです。何か考えないといけない。富岡:深田さんが考える突破口は?

 

深田:独立映画鍋を認定NPOにして、制度が変わったことを最大限活用し宣伝して、“映画への寄付”をパッチワークのパーツの1つとして成立させること。以前は認定NPO(※1)になるためのハードルがもの凄く高くて全体の1%に満たなかったのが、1年間に3千円の寄付を100人集めて継続できれば認定NPOになれるというルールに変わりました。それから、去年寄付に関する税制度が新寄付税制度に改正(※2)されたのも大きいです。例えば100万円寄付をすると、50%の50万がダイレクトに税額控除になる。かなり使いやすい制度になったんです。それでは映画作家個人や制作会社が認定NPOになれるかと言うと、それは大変です。だから、独立映画鍋というかたちで、映画への寄付の総合窓口を作ってしまおうという考え方です。(※3)しかし当然寄付だけに頼るわけにはいかないので、多様な製作、上映環境を整えるために政策提言をしていくことも重要です。チケット税もそのひとつです。今の制度が何故上手くいってないのか。映画人自身が情報を集めて精査して提言することが大事です。映画人はいままでそれを怠ってきたのではないでしょうか。もちろん、努力されてきた方はいたと思いますが、全体で見るとやはり不十分だったと思います。

 

(※1)政府に代わって公共性の高い仕事をする組織。世界規模の活動をするのがNGO。NPOには認定NPOと一般のNPOの2つがあって、認定NPOはより公共性がより高いと認定されたもの。

 

(※2)法改正以前の状況:例えば100万円の寄付で、1年間の収入から100万円控除された額から税額が決まる。しかし日本のシステムでは所得額でランク分けされ税金が決まるため、高額所得者が100万円差し引かれても次のランクまで下がらないことも多く、その場合税額は変わらないことになる。

 

(※3)詳細。「シネマ3K100プロジェクト」http://eiganabe.net/donation/3k100

 

富岡:CO2で予算を増やす意見を出しても、現状で出来てるじゃないって言われてしまうんですよね。

 

深田:予算が年度縛りという日本独特の慣習があります。そのために、例えば秋口に映画製作への助成金が降りて翌3月には完成品の試写をしなくてはいけない、無茶なスケジュールを突きつけられることになります。これでは、助成金が降りた段階でもう7割ほどの資金が集まっていなくてはこの制度を利用できません。つまり、映画作りがいかに時間とお金のかかるものであるかが理解されていないのです。これは文化庁や行政が悪いという以前に、それを伝えて来なかった映画人の責任でもあるんです。顕在化していない以上、問題はないことになります。例えばフランスではもともと助成金を受けてから作品完成までの期限は1年だったのが、それでは短いということで1年半に延びたという例もあります。ちゃんと声を届けることが大切です。

余裕の無い現場では俳優もじっくりと演技を作れません。結局、どういう制作体制を準備できるか、映画の演出はそこから既に始まっていると言えます。よりよい演技を映画に導くためにも、例えばクラウドファンディングや助成制度を充実させ、映画作りの環境を整えなければならないんです。

 

富岡:深田さんの考え方が面白いと思ったので今回お招きしました。インディペンデント映画をは作ったけど公開されないということも多いんです。アジアン映画祭で招待される海外の監督たちでも、同じような状況です。映画に係って楽しい、その先1歩先を考えていかないと。

 

深田:最後にですが、皆さんにお願いです。インディペンデントでいい映画ができて、公開していろんな場で話をする時に、「こんな低予算でこんないいものを作ったぜ」とか自慢しないで欲しいんです。いいものが出来たけど、それは大変な負担の上に成り立っているという事を言い続けないと、そこにつけ込まれてしまうんです。もちろん、別にそんな裏事情をお客さんは知る必要はないけど、少なくとも作り手はその認識を忘れてはいけない。「金儲けじゃない」って思うかもしれないけど、それだけでは結局何も変わらなくなってしまう。

僕も含め、僕たちはまず労働法を完全に無視した形で映画を作っていて、俳優やスタッフから正当な賃金払えって訴えられたら負けるんです。例え3万円で2週間働きますって契約書を交わしていたとしても労働法では無効なんです。結局一緒に映画を作るスタッフや俳優の善意に甘えているだけで、そういう十字架を背負ってインディペンデント映画を作ってるんだって、心の片隅に置いて、これじゃダメだって思いながら、それでも映画を作り前進して欲しいなと思います。

 

 


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