2011年7月15日

【レポート】7/9(土)特別ワークショップ「特別映画講座/山下敦弘」

こんにちは!CO2運営事務局です。梅雨明けしていきなり真夏のような暑さが続きますが、CO2のWSも熱く進行しています。

さて、日本映画界の最前線で活躍する映画監督を招いて行う特別映画講座、第2回目の講師は山下敦弘監督です。会場は大阪・梅田にあるビジュアルアーツ専門学校・大阪。

『どんてん生活』(99)のフィルム上映という貴重な機会でしたが、なんと映写機のトラブルで上映が40分近く中断されるアクシデントが!事務局一同ドキドキの中、急遽登壇した山下監督が『どんてん生活』の制作当時のお話をしてくださって、なんとか上映再開になりました。ちなみに『どんてん生活』の制作費は260万円だったそうです。

上映終了後のティーチインでは、CO2のWSで講師を務めている板倉善之監督と大江崇允監督が司会を務め、山下監督に『どんてん生活』の撮影当時の様子から、最新作『マイ・バック・ページ』(11)を撮り終えた心境を伺いました。

「98年の夏に「俺はシナリオを書く!」と宣言したけど、夏休み2ヶ月で1行も書けなくて。当時照明を担当していた向井康介に脚本頼んだんだよ」山下監督がやりたかったのは、山本浩司さんの“巨大リーゼントで暴走族に憧れてたけどなれなかった男”。

 

「久々に観ると、最初の30分はお話がない。ただあの人を観たかったんだろうなって気がするよね」

一方、板倉監督は「お話ではなくキャラクターに惹かれた」とのこと。山下監督は、今観ると“撮りたいものありき”で映画を構成して、物語の辻褄を合わせてなかったと言います。

「それでも周りが面白いって言ってくれたのは、山本浩司さんのおかげなんだろうね」と山下監督。

「映画が完成した時は映画っぽいことやってるだけなんじゃないかって落ち込んだけど。色んな人に、面白かったって言ってもらえて初めて、大丈夫だったのかなって」

板倉監督から更にアメリカのニューシネマの影響について質問があり、『スケアクロウ』、『家族ゲーム』、ガス・ヴァン・サントというキーワードが飛び出しました。興味のある方は、ぜひ観てみてください。大学時代の山下監督がどんなところに惹かれたのか分かるかもしれません。

大江監督は「『どんてん生活』の宇田鉄平さんは、寝てるだけで性格が分かる(笑)僕も人が普通に生活している中で、“その人のキャラクターが出る瞬間”に惹かれるから共感しましたね。とにかく人を撮りたいんだろうなって」

「キャラクターを配置して、後で物語を乗っけたって感じです。それこそ俺はカット割りが出来ないし。カメラワーク、編集、どれも自信ない。キャスティングと人を撮るってことだけ。カメラマンの目、照明の雰囲気、音楽のバランスでなんとかギリギリ持ちこたえたんだろうなって」

“山下ワールド”と言われるものへの葛藤から、“人物を眺める”ことから“人物に寄る”ことで作り上げた『マイ・バック・ページ』は、今までにない映画に仕上がったのこと。出来上がってみると、「この物語を“人物を眺める”視点で撮ってもいいんじゃないの」って意見もあったね」

会場からも様々な質問が飛び出しました。就職活動をどうやったかの質問には、

「大学卒業後、新世界に住んで“でんでんタウン”のエロビデオ屋で半年程バイトをしながら『どんてん生活』の宣伝をして、その後は3年ほど派遣バイトをしながら、『ばかのハコ船』(02)『リアリズムの宿』(03)、短編の『よっちゃん』『その男、狂棒に突き』も撮りました」

 

映画を作り続けることで今に繋がっている訳ですね。

自分にとってのCO2を聞かれ、撮影から編集まで?4ヶ月というスケジュールになったという大江監督は、「時間との闘いですね。助成監督に選ばれた時に、知り合いから“やっつけにならないように”と言われたのが印象的でした」

山下監督は、それに対して締め切りがあることが重要だと語ります。

「自主映画って完成させないって選択肢もあるけど、それはよくないって学生時代から思っていたよ。締め切りがあることが原動力になるし仕事になら当然だから。CO2は自主映画のスタンスで商業映画的な縛りも兼ね備えてやっているのが面白い」

最後に、これから撮ってみたいものはありますか、という質問には、

「3年かかって『マイ・バック・ページ』を作って、映画について考え過ぎて、デビュー作を撮ったような気持ちになっています。ようやく映画という形になったし、自分の生理とは違ったものを作ったことで選択肢が増えた気がする。今はどんな映画を撮ったらいいか分からない真っ白な状態ですけど、また面白いと思えるもの見つかれば撮り始めるんじゃないかな」

今後山下監督がどんな作品に向かうか、注目したいところです。